「良い輸入」と「悪い輸入」


昨年末、わが家の近所にもとうとう「ユニクロ」が出店しました。フリースを中心に低価格を売り物にしたカジュアル衣料品専門店です。もともと山口県の小さな会社だったそうですが、いまや全国に五百店舗を数えるほど規模を拡大してきました。この会社は、中国にある六〇の工場で委託生産し、国内への輸入・販売を行っています。かねてからのフリースブームと消費者の低価格志向、世代を選ばないシンプルなデザインで着実に売り上げを伸ばしてきており、今後、年間八〇店舗ペースでの出店を見込んでいるそうです。

こうしたユニクロの絶好調の一方で、ポリエステル、ナイロン、アクリルなどの合成繊維の国内需要は縮小・低迷の一途をたどり、国内価格が軒並み下落しています。これを受け、ここ数年、大手合繊メーカーは海外市場に活路を見出し、中国や韓国などアジアでの生産を開始しました。そのため、国内生産の減少傾向は一層強まりました。また、いまだ国内での生産・販売に依存せざるを得ない企業は、このような消費の低迷と輸入圧力のダブルパンチを受け、事業活動の存続さえも危ぶまれています。

このような中、タオル業界が中国及びベトナム製タオルに対するセーフガード措置発動申請を政府におこないました。「セーフガード」とは、正式には、「緊急輸入制限措置」のこと。ある特定製品の輸入が急増し、国内産業に重大な損害を与え、又は与えるおそれがある場合に、国内産業を保護するために一時的に輸入を制限する措置をいいます。今回の場合は、WTOの繊維協定を受けた外為法に基づきセーフガード措置の手続が行われます。衣料品もこれと同じです。これまで生糸や小麦など農産物に対してセーフガード措置が発動されたことがありますが、もしタオルに関してこの措置が発動されれば工業製品としてはじめての例となり、タオル業界が受けていたダブルパンチの片方(輸入圧力)が一時的に緩和されることになるでしょう。

こうした動きには、さまざまな反応が見られます。まず、このようなセーフガード措置は自由貿易に逆行するのではないかという問題。そして、安価で良質な商品がどうしてだめなのかという素朴な疑問です。

前者についてですが、セーフガード措置に関する国内法令はWTO協定に基づいて作られており、これはむしろ自由貿易のための国際ルールにのっとった措置であるといえます。中国とベトナムはWTO協定に未加盟ですが、わが国の法令に基づいて発動されるので問題はありません。セーフガードは貿易自由化の中で発生する国内的な摩擦や損害を一時的に避けるためのいわば「安全弁」であるといえます。

後者については、輸入を「良い輸入」と「悪い輸入」とに分ける考え方があります。輸出国やビジネスにかかわる企業すべてが利益をあげることができ、製品も全部売り切るのが良い輸入であるとされ、冒頭の「ユニクロ」のような製造小売が良い輸入だといいます。他方、悪い輸入とは需給バランスを崩し、関係業者がみな損を出す輸入のこと。必要以上に買い込むものの、きちんとした流通ルートがないために、結局たたき売りをする。これが悪い輸入。制度上、良いか悪いかを区別してセーフガードを発動することは不可能ですし、「悪貨が良貨を駆逐する」ことにもなりかねません。ユニクロが主張するように「セーフガードが発動されれば競争が緩和され、繊維製品の価格上昇や品質下落につながる」のはおそらくその通りでしょう。この機会に国内メーカーが高コスト体質を改善し輸入圧力に対抗できる競争力をつけるための一時の猶予期間だとしても、これまで構造改善ができなかった業界にどこまでそれを期待することができるでしょうか。

経済産業省は申請を受けてから二ヶ月以内に調査の開始を決定します。調査開始を告示して半年以内に発動するか否かを判断することになりますが、発動するかどうかは微妙だといわれています。というのも、今回の件については、消費者の反発をおそれて大手が及び腰で、国内業者による海外進出の結果増えた輸入分もあり、業界が必ずしも一枚岩ではないという背景があるからです。


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