中国政府は、日本製の自動車、携帯電話及びエアコンの輸入に関し、一〇〇%の特別関税の賦課を発表した。これは、日本政府が中国産農作物に対し、暫定セーフガードを発動したことへの報復措置であることは明らかである。この三品目が中国向け輸出に占める割合は二%。「日米欧が対中ビジネスでしのぎを削る自動車を報復対象とすることに象徴的な意味合いがある」との意見があるものの、この措置による影響は軽微だとの評価が一般的だ。むしろ、中国政府によるこの措置の真の狙いは、年末に控えるセーフガードの正式発動や、対象品目拡大への牽制である。事実、農水省は措置の正式な発動に向け手続を進める一方、トマトやわかめ等の産品の輸入に関する監視体制の整備を行っている。農産物ばかりではない。現在、発動の是非が検討されている繊維製品をはじめ、ハイテク製品についてもそう遠くない将来にセーフガード措置発動の議論が俎上に上るとの指摘もある。「セーフガード予備軍」は今回の三品目に限られない。
さて、報道によると繊維業界のセーフガード発動申請の動きにブレーキがかかり始めているようだ。ニット業界は被害実態の把握が思うように行かないため申請を断念した。繊維業界では、ここ数年大手合繊メーカーをはじめとして海外市場に活路を見出し、中国などアジアでの現地生産を開始している。輸入制限の対象となる商品を生産するのは「国内」産業ではないかもしれないが、紛れもなく「わが国の」企業なのだ。もちろん、消費者だって安価で良質な商品を求めている。セーフガード措置により利益を受ける者とそうでない者とが相半ばする。これが極端な保護主義に走らない理由である。
しかし、農産物になるとその様相が違ってくる。暫定発動された農産物の調査の過程で、利害関係人や消費者等による意見表明がなされた。安全な農作物の安定的な供給、農業の多面的機能の維持のためにも、セーフガード措置を発動すべきであるとの意見が大勢を占めていた。また、こうした意見を生産者・消費者双方が共有していた。繊維と異なり、国内においては"一枚岩"であった。
セーフガード措置は、経済構造の違い(中国等を想起せよ)による貿易増加のため、わが国経済の構造変化への圧力(例えば、生産者の抵抗や反発)に対する緩衝装置としての性質を有している。このような措置の意義は認めるし、法令に基づく措置の発動は、その要件を満たしている限り、異論を差し挟む余地はない。しかし、競争力の改善、他分野への転換が期待できないような産業に対する安易な措置の発動は、国際関係の悪化や比較優位にある産業に少なからず悪影響をもたらすこととなる。"一枚岩"の農作物についても、長年にわたり構造改善の名の下に多額の税金が投じられてきた。これまでの経緯をみても、措置の有効性には疑問が残る。この手の問題は、政治的な圧力が政府決定に少なからず影響を及ぼし、その決定により利益を受ける一部の者がこうした圧力を組織する。農作物に関しては、消費者もこれに与している。だが、場当たり的な措置の濫用は、国際的な分業や経済的相互依存関係を破壊し、自由貿易の果実を損なうということをわれわれは銘記すべきである。セーフガード措置により、経済構造の改善を先延ばしにしようとする動きに対して、自由貿易の恩恵をもっとも多く受け取り、かつ圧倒的多数を占める消費者こそが建設的な意見の提起が可能であり、またそうすべきなのである。