『葉っぱのフレディ』という絵本を出し、九〇万部の売り上げを記録した童話屋という小さな出版社があります。先頃、この出版社から二冊の本が刊行されました。一つは『日本国憲法』、いま一つは『あたらしい憲法のはなし』という本です。いずれもわずか三〇〇円(税込み)。"小さな学問の書"という子ども向けのシリーズのためでしょうか、すべての漢字にふりがなが振ってあります。中身は何のことはありません。前者は、文庫本に憲法が丸ごと載せてあるだけですし、後者は、戦後、旧文部省が編集した中学生向けの教科書を復刊したものです。聞くところによると、いま、この二冊の本が大変売れているらしいのです。
そういえば、いまから二十年程前、こんなことがありました。まだ、わたしが小学校高学年のころ。ある日、担任の先生が、薄いのに立派な白と朱色の装丁の本を皆に見せ、これを読んでみるよう薦めてくれました。特定の本を示し、先生が薦めるということはこれまであまりなかったせいでしょうか。安装丁のケバケバしいコミックスばかりを読んでいたからでしょうか。この本のシンプルで美しい装丁の印象とともに、そのときの教室の光景をいまでも鮮明に覚えています。
この本の題名も『日本国憲法』でした。一九八二年に小学館から刊行された本で、当時のベストセラーだったと記憶しています。内容は、憲法をそのまま載せ、活字を大きくし、ふりがなと一つ一つ語義の解説をつけて、読みやすくしたものでした。ページごとに地球や世界、そして日本の文化を象徴する写真が挿入された美しい本だったと記憶しています。その後、お小遣いでこの本を購入した覚えはありませんが、いずれにしても、わたしが憲法を最初に意識した瞬間でした。これより前に「憲法がベストセラーになる」という現象があったかどうかは知りません。しかし、こうした現象が、何ゆえに、そして時として起こるのか、このことに興味があります。二十年前と現代とでは、わたしたちの生活も憲法を取り巻く状況も大きく変化したことは誰の目にも明らかです。いったい誰が買うのでしょうか。値段を低く設定した童話屋の意図とは裏腹に、大人が買っていく光景にしばしば出会します。子供向けの棚には置かれていないのです。ベストセラーのランキング入りを記録するのは、決まってビジネス街の書店です。子どもに与えるためでしょうか。最近の憲法論議を踏まえてのことでしょうか。それとも、衝動買いなのでしょうか。
ある調査において、次のような質問がなされたことがあります。「憲法により、国民の権利として定められてるものはどれか」との複数回答可能な問いに、「人間らしい暮らしをする」ことを選択する人の割合が常に最も高く、その割合は高水準で安定的であるとのこと。憲法を少しでもかじった人間ならば、憲法とは本来「自由の保護者」、つまり多数決原理の下で少数者の自由を守ることこそ真骨頂であると考えるはず。しかし、国民の意識は憲法に自由の保護を期待しているのでは必ずしもなく、むしろ生存権的な「暮らしの保護者」としての役割を期待しているともいえそうです。
二十年前―二度の石油ショックを経て安定成長の時代に入ったわが国。追いつけ追い越せが必ずしも国家の目標としての意義を失いかけていたこの時期。現代―バブル崩壊後の長期不況でゼロ成長を余儀なくされ、いまだ先の見えない不安のため生活の防衛に萎縮する消費、投資を抑えリストラに余念のない企業。いずれも国民が、将来の暮らしに何かしらの不安を覚え、拠り所を求めているそんな時期「憲法がベストセラーになる」のかもしれません。そして、そこにわが国特有の憲法との「付き合い方」を垣間見ることができるのかもしれません。