秋学期から諸処の事情で多摩市にある大学に非常勤講師として講義をすることになった。火曜日と水曜日の週二日、ドア・トゥー・ドアで片道約一時間半の道程を通っている。よっぽどのことがない限り出掛けない地域であるので、当然、いつもと違う電車を利用している。それだけ遠いと電車料金もばかにならない。ご存知の方もいらっしゃると思うが、「駅すぱーと」、「乗り換え案内」というようなソフトを利用して大学まで通うルートを研究し、料金・時間・乗換えの便利さからコースを決めている。もちろん、パート代の中には交通費も入っているのだが、一応最も安いルートを申請しておいていろんなルートを試している。
一二月一七日が昨年の講義の最終日であった。そして今年は一月六日が講義の開始の日である。いつもどおり自宅を出て二つ目の乗換駅である新宿駅で驚いた。料金が変わっているのである。しかも安く。初乗り料金はいうに及ばず、大学の最寄り駅までで四〇円も安くなっている。聞くところによると昨年末にはこの価格でこの私鉄は運転していたという。そうだ、先日、「戦後初めての電車料金の安値改定が行われる」との新聞記事を見た。そうかこのことだったのか。新聞報道によると、他の私鉄は混雑の解消のために複々線化の工事を行ってきたが、この私鉄はホームの延長でこれに対応してきたという。これらの計画がバブルの絶頂期に策定された計画であったため、いずれの私鉄も積極的な基盤整備を行っていた。その中にあってこの私鉄はそれらとは異なる戦略を採用していたのである。
わたしも東京に住んで十年近くなるが、その間の電車の料金の変遷(値上げ)には目をみはるものがある。実家に帰省する際に必ず利用する東京モノレールもビッグバードができるのに伴って料金を改定したことがある。もちろん、値上げである。距離が伸びた分の引上げであれば納得し得るが、確かこの時は延長距離分プラスアルファであったと記憶している。
これまで、値上げ改定しか経験してこなかったわれわれにとってこの出来事はとても新鮮に思えた。毎日利用されるものだけに、この私鉄はさぞ評判をあげたことだろう。親子三代の家族連れのお客さんが「安くなるなんてすごいね」と連発していた。わたしの講義の履修者にこの私鉄でアルバイトをしている学生がいる。この料金改定のすばらしさを話したら、いまだに間違って購入した切符の払い戻しのお客さんが跡を絶たないといっていた。
一私企業の見通し、読み、戦略が良きにつけ悪しきにつけ、われわれの生活に大きな影響を与えると同時に右肩上がりの成長と右肩上がりの物価とに慣らされてきたわれわれの中にある惰性が、バブルを経ていまごろやっと見えてきた。