他方、技術取引に伴い、技術の実施の許諾(以下「ライセンス」という。)をする者(以下「ライセンサー」という。)がライセンスを受ける者(以下「ライセンシー」という。)に対し、その研究開発活動、生産活動、販売活動等、その事業活動を制限することがあるが、かかる制限は、その態様や内容いかんによっては一定の製品市場又は技術市場における競争秩序に悪影響を及ぼす場合がある。また、技術取引に伴い、技術保護制度の趣旨を逸脱して、ライセンサー及びライセンシーが相互に研究開発活動、生産活動、販売活動等を制限したり、第三者を排除する効果を有する取決めを行ったりすれば、一定の製品市場又は技術市場における競争秩序に悪影響を及ぼすこととなる。したがって、技術取引における独占禁止法の運用においては、技術保護制度や技術取引に期待される競争促進効果をいかしつつ、技術保護制度がその趣旨を逸脱して用いられることのないようにするとともに、技術取引に伴い製品市場又は技術市場における競争秩序に悪影響が及ぶことのないようにすることが重要であると考えられる。
(1) 上記のような観点から、本指針において、技術取引の代表的なものである特許又はノウハウのライセンス契約に対する独占禁止法の適用関係について包括的な考え方を示すこととする。まず、第2においては、特許のライセンス契約と独占禁止法第23条との関係等についての考え方を示している。また、第3においては、特許又はノウハウのライセンス契約について、不当な取引制限や私的独占等の観点からの独占禁止法上の考え方を具体的に挙げて示している(注)。さらに、第4においては、特許又はノウハウのライセンス契約について、不公正な取引方法の観点からの独占禁止法上の考え方を述べ、主要な制限条項について、「原則として不公正な取引方法に該当し、違法となる」制限条項、「…の場合、不公正な取引方法に該当し、違法となる」制限条項、「原則として不公正な取引方法に該当しない」制限条項の区分を示している。
それぞれの制限条項の基本的な考え方は、次のとおりである。
ア 「原則として不公正な取引方法に該当し、違法となる」制限条項は、当該制限条項による市場における競争秩序に及ぼす影響が大きいと考えられることから、当該制限条項を課すこととした場合には、原則として不公正な取引方法に該当すると考えられるものである。
イ 「…の場合、不公正な取引方法に該当し、違法となる」制限条項は、当該制限条項の内容だけではなく、ライセンサー及びライセンサーの製品市場又は技術市場における地位、これらの市場の状況、制限が課される期間の長さ等を総合的に勘案して、市場における競争秩序に及ぼす影響に即して、個別に公正競争阻害性が判断され、一定の場合に不公正な取引方法に該当すると考えられるものである。
なお、「個別に公正競争阻害性が判断される」制限条項及び「違法となるおそれは強い」制限条項は、本区分に属するものであるが、後者の制限条項は、その有する公正競争阻害性にかんがみ、不公正な取引方法に該当する蓋然性が相対的に高いと考えられるものである。
ウ 「原則として不公正な取引方法に該当しない」制限条項は、市場における競争秩序に及ぼす影響が小さいと考えられることから、当該制限条項を課すこととしても、原則として不公正な取引方法に該当しないと考えられるものである。
(注) 第3において示した<具体例>は、本指針の記述についての具体的な理解を助けるために、これまでの審決における違反行為を例示として掲げたものであり、また、<例>は、同じく記述についての具体的な理解を助けるために、仮定の行為を違反行為の例示として掲げたものである。
本指針中に示されていないものを含め、具体的な行為が独占禁止法違反となるかどうかについては、独占禁止法の規定に照らして、個々の事案ごとに判断されるものである。
(2) 技術については、その取引をめぐる競争が存在するほか、技術の開発をめぐる競争が存在する場合があるが、後者については、技術開発の成果物である技術の取引又は当該技術を利用した製品の取引市場における競争秩序への影響を通じて問題となり得るものと考えられる。したがって、特許又はノウハウのライセンス契約に伴う制限の競争秩序に及ぼす影響については、適切に画定された製品市場又は技術市場に及ぼす影響をもって判断することとなる(なお、このほか、特許又はノウハウが役務の供給に関するものであるときや特許製品等を用いて役務が供給されるときには、役務の市場に影響が及ぶ場合もあり得るが、本指針において製品市場という場合には、このような役務の市場も含まれるものとする)。
技術取引に関連する市場の画定方法は、製品又は役務一般と異なるところはなく。製品市場については、通常、特許製品等並びにこれと機能及び効用が同種の製品ごとに市場が画定されると考えられるが、特許又はノウハウのライセンス契約の制限条項の内容によっては特許製品等の部品・原材料等の市場又は特許制限等を用いた別の製品の市場における競争秩序に影響が及ぶ場合もあることから、これらの部品・原材料等の市場や別の製品について市場が画定される場合もある。また、技術市場については、契約対象特許又はノウハウ並びにこれと機能又は効用が同種の技術ごとに市場が画定されることとなる(以下、これらにより画定される市場を単に「市場」という。)。
そして、いかなる市場における競争秩序に影響を及ぶかについては、特許又はノウハウのライセンス契約の制限条項の内容によって異なることから、個別具体的なライセンス契約の制限条項に即して判断することとなる。
(1) 本指針は、特許又はノウハウのライセンス契約について適用されるものである。
また、特許又はノウハウのいわゆるクロスライセンス契約、パテント・プール、マルティプル・ライセンス等の相互的なライセンス契約や多数当事者間のライセンス契約、合弁事業契約の一部として特許又はノウハウのライセンスが行われる場合についても本指針の考え方が適用されるものである。
他方、特許又はノウハウ以外の知的財産権について、本指針の考え方が適用されるものではないが、これらの権利の排他性には特許又はノウハウの場合と比べて相違がみられることから、その権利の性格に即して可能な範囲内で本指針の考え方が準用されるものである。 なお、本指針においては、契約中に規定されることの多い制限条項に即して考え方を示しているが、独占禁止法上問題となる行為は、単に契約条項として規定されている場合に限られるものではなく、何らかの人為的な手段・方法により相手方の事業活動を制限する場合を広く含むものであるので、このような場合についても本指針の考え方が適用されるものである。
(2) 本指針の考え方は、国内・国外を問わず、事業者間の特許又はノウハウのライセンス契約に対し、無差別に適用されるものである(注)。
なお、国内事業者と外国事業者間又は外国事業者間の特許又はノウハウのライセンス契約に含まれる制限条項については、当該制限条項が課されることにより、我が国市場に影響が及ぶ限りにおいて、本指針の考え方がこれらの契約にも適用されるものである。
(注) なお、親子関係にある事業者間の特許又はノウハウのライセンス契約については、「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」(平成3年7月11日公表。以下「流通・取引慣行ガイドライン」という。)の<付1>の考え方が適用される。
(3) 一の契約の中に、特許又はノウハウのライセンスが含まれる場合(特許・ノウハウ混合ライセンス契約)については、特許のライセンス契約及びノウハウのライセンス契約が並列的に締結されたものとみることができるので、本指針の考え方の適用関係については、制限条項がいずれの技術のライセンスに関連するものであるかに応じて判断されることとなる。
(4) 本指針の策定に伴い、「特許・ノウハウライセンス契約における不公正な取引方法の規制に関する運用基準」及び「特許・ノウハウライセンス契約に係る事前相談制度について」(平成元年2月15日公表)は、廃止する。
本指針の公表後も、付のとおり、特許又はノウハウのライセンス契約に関する事前相談制度を継続することとし、他の知的財産権のライセンス契約に関するものも含め、事業者又は事業者団体(国内・国外を問わない。)からの相談等に対して適切に対応していくこととする。
本指針において、次に掲げる用語の意義は、当該各用語に定めるところによる。
(1) 特許 特許又は実用新案をいう。この場合において、特許は特許出願中のものを、実用新案は実用新案登録出願中のものを含む。
(2) ノウハウ 秘密性を有し、適切な方法により記述又は記録されているなど適切な形で識別可能な産業に係る一群の有用な技術情報をいう。
(3) 特許等 (1)の特許又は(2)のノウハウをいう。
(4) 特許権 特許権又は実用新案権をいう。
(5) 特許権等 (4)の特許権又は(2)のノウハウをいう。
(6) 特許ライセンス契約 (1)の特許のライセンス契約をいう。
(7) ノウハウライセンス契約 (2)のノウハウのライセンス契約をいう。
(8) 特許製品 ライセンス契約の対象となる特許又は実用新案の実施により製造される製品をいい、方法の特許にあってはその方法により製造される製品をいう。
(9) ノウハウ製品 ライセンス契約の対象となるノウハウの使用により製造される製品をいう。
(10) 特許製品等 (8)の特許製品又は(9)のノウハウ製品をいう。
(11) 競争品 (10)の特許製品等と機能及び効用が同種の製品をいう。
(12) 競争技術 契約の対象となる特許、実用新案又はノウハウと機能及び効用が同種の技術をいう。