不当廉売に関する独占禁止法上の考え方
- はじめに
不当廉売は、独占禁止法に基づき、不公正な取引方法の一つとして禁止されており、公正取引委員会は、一般から不当廉売に該当する疑いで報告があった場合、所要の調査を行い、違反のおそれがあるものに対しては、警告、注意等により是正指導を行っている。
不当廉売に係る一般からの報告は、近年増加しており、年間数千件に達しているが、そのほとんどは小売業に係るものであり、中小規模の小売業者及び製造業者が大規模の小売業者の廉売について問題を提起する内容のものが大部分を占めている。これらの事案をみると、調査を受ける側が不当廉売に関する規制を知らずに問題となる行為を行っている事例が多くみられると同時に、調査を求める報告にも不当廉売規制の目的や内容をよく知らないで行われたとみられる例が少なくないという状況がうかがわれる。
我が国の小売業は、百貨店、スーパー、専門店、コンビニエンスストアー、一般小売店等多種類の小売業者が存在し、大規模の小売業者と中小の小売業者、多種類の商品を取り扱う小売業者と特定の種類の商品を取り扱う小売業者が併存しており、これら相互間に公正な競争が行われる必要がある。
この「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」は、前記のような状況を勘案し、小売業を対象として想定し、不当廉売規制の考え方について要点を整理したものであり、これによって産業界及び一般の不当廉売に関する認識を深め、違反行為の未然防止に役立てようとするものである。
なお、これは小売業についての不当廉売に関する一般的な考え方を示したものであって、具体的なケースについては、個々の事案ごとに判断を要するものであることはいうまでもない。
- 不当廉売規制の目的
独占禁止法の目的は、いうまでもなく公正かつ自由な競争を維持・促進することにあり、事業者が創意工夫により良質・廉価な商品を供給しようとする努力を助長しようとするものである。この意味で、価格の安さ自体を不当視するものではないことは当然であるが、逆に価格の安さを常に正当視するものでもない。企業の効率性によって達成した低価格で商品を提供するのではなく、採算を度外視した低価格によって顧客を獲得しようとするのは、独占禁止法の目的からみて問題がある場合があり、規制の必要がある。コストを下回る価格、いいかえれば他の商品の販売による利益その他の資金を投入するのでなければ販売を継続することができないような低価格を設定することによって競争者の顧客を獲得するというような手段は、正常な競争手段とはいえないからである。
このように、不当廉売規制の目的は、公正な競争秩序を維持することにあり、良質・廉価な商品を供給し得ない、企業の効率性において劣る事業者を保護しようとするものではない。
- 不当廉売とは何か
不公正な取引方法の一般指定(昭和57年公正取引委員会告示第15号)第6項で次のとおり規定されている。
(不当廉売)
6 正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。
不当廉売とは何かについては、@廉売の態様、A競争への影響、B正当な理由 の三つの面からとらえることができる。
- (1)廉売の態様
第一に、不当廉売として問題となるのは不当に低い対価に当たる場合である。いかなる価格水準が不当なものとなるかについて、前記の告示で「供給に要する費用を著しく下回る対価……その他不当に……低い対価」と規定されている。まず、「供給に要する費用」とは、当該行為を行っている者の「供給に要する費用」であり、業界一般の「供給に要する費用」又は特定の競争者の費用ではないことに留意する必要がある。
「供給に要する費用を著しく下回る対価」とは、不当に低い対価に該当する典型的な場合を例示したものとされるが、総販売原価を著しく下回る価格という趣旨から、通常の小売業においては、仕入価格を下回る価格がこれに当たると考えられ、実務上は、仕入価格を下回るかどうかを一つの基準としている。
ここでいう仕入価格は、問題となる廉売を行っている事業者の廉売対象商品の仕入価格である。また、それは名目上の仕入価格ではなく、実際の取引において当該商品に関して値引き、リベート、現品添付等が行われている場合には、これらを考慮に入れた実質的な仕入価格(当該商品についての実質的な支払額の意味)である。また、不当廉売の規制を免れるために、例えば、廉売商品の仕入価格を低くし、その分を通常時の仕入価格に加算する等作為的に仕入価格を低くしているとみられる場合は、その点を修正の上、通常の仕入価格で判断することとなる。
次に、このような価格による販売であっても、それが極めて短期間であったり単発的な場合は、後述の競争への影響が通常は無視できると考えられるところから、不当廉売となるのは、一般的にはある程度「継続して」行う場合である。「継続して」とは、相当期間にわたって繰り返して廉売を行い、又は当該廉売を行っている販売業者の営業方針等から客観的にそれが予測されることであるが、毎日継続して行われることを必ずしも必要としない。
このように、不当廉売となり得る典型的な場合として、仕入価格を下回る価格でのある程度継続的な販売を挙げることができるが、個々のケースによっては、商品の特性、当該廉売の目的・効果等からみて、仕入価格を若干上回る価格(総販売原価を下回ることが前提)による場合や単発的な廉売が問題となる場合もある。
- (2)競争への影響
不当廉売の第二の要件は、問題となる廉売によって、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること」である。ここでいう「他の事業者」は、通常の場合、廉売対象商品を取り扱う小売業者等当該廉売を行っている者と競争関係にある小売業者の場合が多いと考えられるが、廉売行為によって製造業者等の競争関係に影響が及ぶこともあることから、廉売対象商品と同種の商品を供給する製造業者等の場合もあり得る。
「事業活動を困難にさせるおそれがある」とは、現に事業活動が困難になることは必要なく、諸般の状況からそのような結果が招来される蓋然性が認められる場合を含む趣旨である。廉売の競争への影響は、具体的には、行為者の事業の規模及び態様、廉売商品の数量、廉売期間、広告宣伝の状況、商品の特性等を総合的に考慮して、個別に判断される。
- (3)正当な理由
第三に、不当廉売かどうかを判断する際の重要な考慮事項として「正当な理由」の存否があり、例えば次のような場合は、外形上前記(1)及び(2)の要件に当たるようなものであっても不当廉売とはならない。
生鮮食料品のようにその品質が急速に低下するおそれがあるものや季節商品のようにその販売の最盛期を過ぎたものについて、見切り販売をする必要がある場合は、仕入価格を割るような低い価格を設定しても不当とはいえないものがある。需給関係から価格が低落しているときに、これに対応した価格を設定する場合も同様に考えられる。
また、きず物、はんぱ物その他かしのある商品について相応の低い価格を設定するのは当然である。なお、この場合、正規品を低価格で販売しているように誤認されることがないよう、きず物等である旨を明らかにすることが望ましい。
- 廉売問題に関連するその他の規制
廉売問題に関連する独占禁止法上又は景品表示法上の規制のうち、主要なものを挙げると次のとおりである。
- (1)地域又は相手方による差別的な廉売
- @有力な事業者が、競争者を排除するため、当該競争者と競合する販売地域に限って廉売を行う場合
- A競争者の取引(得意)先に対してのみ廉売を行うなどして、競争者の顧客を奪取するような場合
等は、不公正な取引方法の一般指定第3項(差別対価)に該当するおそれがある。
- (2)有力な販売業者による不当な買いたたき
有力な販売業者が購買力を濫用して行き過ぎた低価格での納入を強要する場合は、不公正な取引方法の一般指定14項(優越的地位の濫用)に該当するおそれがある。
- (3)おとり広告等の不当な表示
- ア 廉売広告において実際に販売する意思がないのに販売するように表示したり、廉売対象商品の数量や売出し期間に限定があるのにその限定の内容を明瞭に表示しない場合等は、不当な表示として景品表示法に違反するおそれがある。(「おとり広告に関する表示」(昭和57年公正取引委員会告示第13号)参照)
- イ 廉売に係る二重価格表示で実売価格の記載に併せて、架空の価格を比較対照価格として用いたり、メーカー等が既に撤廃した希望小売価格を比較対照価格として用いる場合等は、不当な表示として景品表示法に違反するおそれがある。(「不当な価格表示に関する不当景品類及び不当表示防止法第4条第2号の運用基準」(昭和44年事務局長通達第4号)参照)
また、一部の商品について廉売を行っているにすぎないのに、すべての商品を廉売しているように誤認させる広告も不当な表示となるおそれがある。
経済法関連法令・ガイドライン
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