日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業

―未来開拓プロジェクト―

「アジア地域における経済及び環境の相互依存と

環境保全に関する学際的研究」


われわれの研究プロジェクトは,「東アジアの経済発展と環境保全の両立」という課題でスタートした.もちろん環境問題といっても幅広いが,われわれはその中で,比較的国間にまたがる問題,特に日本が1970年代以来改善してきたエネルギー効率及びそれに伴うCO2排出の削減,脱硫技術導入によるSOx削減に焦点を当ててきた.

環境問題は,工学,医学,農学,政治学および経済学といったすべての学問分野に関連するきわめて応用的な分野であり,経済学が得意とするシミュレーション・モデルだけでは,人々に説得力をもたない.したがって,限られた予算の範囲内ではあるが,具体的な環境改善の実験として,中国の地方都市・瀋陽市と成都市に,比較的安上がりと思われる脱硫技術であるバイオブリケットの実験機を導入し,追跡調査を行ってきた.また,モンゴルから中国東北部に至る砂漠化を誘発するアルカリ塩害土壌に対し,石膏が極めて有効な土壌改良剤であるということから,脱硫石膏の利用と土壌改良を結合させ,防砂実験林の建設を瀋陽市北部の内モンゴル自治区との境で行っている.そして,四川省では,パンダ繁殖地での苦竹植林も追加的に行っている.以下では,各ワーキンググループ(WG;図1参照)のこれまでの研究成果と最終年次に当たる今年度の研究計画を概説する.






図1 研究組織図



WG1の成果は三つにまとめることができる.第一は,アジア9カ国の1995EDEN環境産業連関表の作成である.1999年度に行った1990EDEN表の作成に引き続き,データベースの継続性および整合性を考慮しながら1995年表を作成している.第二は,1990EDEN表の改良である.アジア9カ国の1990EDEN表と国際機関のエネルギー関連の公表データを比較することによって,EDEN表の精度を高めている.ここで得られた問題点と改良点は,すでに1995EDEN表の作成に取り入れられている.そして,第三は,EDEN表を利用した様々な分析である.この分析からは各国のエネルギー使用状況,大気汚染物質の発生状況を把握することができ,各国の輸出入による取引先国への負担,自国の負担なども明らかになっている.今年度は,EDEN1995年表の推計を完成させ,通常の産業連関分析を行うなどして観測事実を整理する.また1990年表の結果とも比較する.次にEDENの結果をアジア経済研究所によるアイサード型国際産業連関表に結び付け,さらに,船舶輸送・航空輸送に伴う環境負荷に関する調査研究を加えることによって,アジア地域の環境面から見た相互依存関係の鳥瞰図を提示する.最後に,鉄鋼・電力など主な産業について各国で採用されている技術状態について情報を収集するなどして,EDENの結果の読み取りを掘り下げる.


WG2については,第一は,1995年環境産業連関表(日本)の作成である.1995年表は,これまでの研究成果である1990年環境産業連関表にエネルギー品目を補完・追加し,より精確なCO2負荷計算が可能になっている.第二は,宇宙太陽発電衛星(SPS)について詳細な代替プランにもとづくCO2負荷計算である.その際,SPSの建設に伴う主要なCO2排出源である太陽電池の製造についても最近時点での新しい技術を取り入れて評価してきており,環境分析用産業連関表を利用して経済性分析を行う.第三は,環境分析用産業連関表をもとに,詳細な技術データとのハイブリッド評価システムを確立し,利便性の高いパーソナルコンピュータ上で利用できるソフトを開発する.これにより,多様な技術/システムに対する整合性のあるLCA評価を実施することが可能となる.


WG3の研究成果は四つにまとめることができる.第一は,1996年に開始された排煙脱硫装置からの副産物である石膏を用いたアルカリ土壌改良実験の継続である.その結果,土壌改良効果が少なくとも5年間は継続することを検証した.また,バイオブリケット燃焼灰および昨年3月に完成した簡易脱硫装置からの石膏も同様に土壌改良効果があることを確認している.第二は各種脱硫プロセスのコスト比較である.途上国に普及するのに適した脱硫装置のコスト,運転費用等の調査を上記の簡易脱硫装置を含めておこない,WG4が構築している中国の環境経済モデルに接合し,バイオブリケットの導入にかんする環境シミュレーションに反映している.第三はバイオブリケットの脱硫率向上である.バイオブリケット表面に消石灰乳液を塗布したところ脱硫率を70%から95%までに高めることに成功した.第四はバイオブリケットのガス化実験である.バイオブリケットの自動車燃料用ガス化に必要なタールを生成しないガス化条件を実験的に明らかにした.

今年度は,瀋陽市康平県アルカリ土壌改良実験として,1996年度より実施してきた小区画7区画,大規模(1ha)のうち99年度の小区画を除き継続実施する.また,新たに水田を対象にしたバイブリ灰と脱硫石膏の土壌改良効果検証を行う予定である.さらに,アルカリ土壌が広く分布している黄河下流域の山東省に対して,瀋陽市での成果の移転普及可能性を調査するため,アルカリ化の異なる3カ所で各250平方メートル規模の実験を行う.また,瀋陽市において,環境保護局,康平県当局,科学技術委員会,農業部,林業部,瀋陽農業大学,肥料工場,精華大学,その他中国側関係者による研究成果発表のシンポジウムを行う.


WG4は,相互に関連する3つのサブグループに分かれて研究活動を行っている.第一は,四川省成都市を対象とした「環境保全と持続的発展のモデル地区」のアクション・プログラム作りとその実施である.その一環として成都市に加えて遼寧省瀋陽市においてバイオブリケット実験プラントを設置し,その有効性を検証するとともに,成都ではパンダの食用笹の移植プロジェクトへの協力,瀋陽での植林プロジェクトへの協力を実施している.第二は,中国の環境問題の現状と中国の環境問題にたいする日本の協力のあり方にかんする政策研究グループであり,中国の環境汚染の実態と中国政府の政策的対応を検証し,日本の対中環境協力政策の検討した.そして,第三は,中国の地域データべースと環境経済モデルを構築し,環境保全技術の導入による環境改善効果をシミュレーション分析する研究グループであり,バイオブリケットの導入や発電技術の改善による経済的影響とCO2SOx削減効果を計測した.今後は,企業ヒアリングによって情報収集中の電力事業などに導入される大規模脱硫技術をモデルにおいて考慮し,経済変数の変化を踏まえた技術導入の費用便益分析を行っていく予定である.また,CDM研究会では,これまでの研究成果の中から,CDMプロジェクトとして立ち上げられる可能性のある技術について評価を行う予定である.


WG5ではこれまで,東アジア経済モデルをシミュレーションが可能な段階まで開発してきた.本年度の作業は,(1)モデル自体の精緻化,(2)データの精緻化,(3)シミュレーションの実施,(4)報告書の作成に大分される.(1)モデルの精緻化に関しては,モデルの構造方程式パラメターの精度を高めることが優先課題であり,これは(2)データの精緻化と密接に関連している.特に,これまで入手できなかった各国の国際貿易に関するデータが漸く利用可能になったので,これを利用してベースデータとしての東アジア国際産業連関表をアップデートすることと,国際貿易に関連する構造方程式パラメターの推定が第一優先課題である.(3)シミュレーションの実施に関しては,エネルギー技術に関する工学的情報を産業連関表の投入係数として表現した情報を収集し,シミュレーションに利用できる形で整備する必要がある.これは,WG4の中国モデルおよびCDM研究会との共同作業で進めていく.シミュレーションの内容に関しては,アメリカの京都議定書に対する対応が不透明な現状を鑑みて,東アジア経済の貿易政策に関する協調による温暖化ガス排出削減への効果を分析することと,東アジア各国の地域的な大気汚染への影響を分析することを中心に進められる.以上の内容を昨年度までの成果と合わせて報告書としてまとめていく.


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