経 済 部 門


「市場理論」に関する実証研究プロジェクト

  1. 市場メカニズムと地球温暖化対策

    過去数年にわたって展開してきたプロジェクトである。京都議定書に基づく我が国の環境保全目標は、1990年の温暖化ガス排出レベルをさらに6%削減することになっている。各種の規制的手段や省エネルギー対策、経団連など関連企業による自主行動計画の実施にも関わらず、目標の達成は、ある程度の経済成長を維持した上では、かなり厳しいものと考えられている。また一方で、戦後初めての経済成長の長期に亙る停滞の状況にあって、環境保全と経済成長の共生の可能性はますます難しくなってきている。われわれのプロジェクトでは、多部門一般均衡モデルによる政策シミュレーションから、環境と経済成長の共生の可能性をさぐり、そこでの新たな経済的手段の実効性を導こうとしている。炭素税の導入や排出権取引の制度の確立は、本来市場の外部性によって齎される課題を、内部化することによって、政策的に解決しようとする市場の設計の問題である。一方で、産業研究所の日本学術振興会からの委託事業「アジア地域における経済および環境の相互依存と環境保全に関する学際的研究」では、環境問題を経済発展のなかで捉えようとしており、われわれも視野をアジア地域にまで拡大して、経済と環境の両立の可能性、とりわけ、先進諸国からの技術移転が、途上国の経済発展と環境保全に寄与できる可能性を考えようとしている。アジアの国際産業連関表をベースとする、国際間多部門モデルを作成することが第一の課題となる。また

    一方で、技術移転を考えるために、産業を鉄鋼業と電力業に絞って、日中の効率技術の比較から、効率的技術の移転の効果をサブモデルとしてもとめ、先の一般均衡モデルに連動して、国際化波及の効果を算定することを考えている。

    (メンバー:黒田昌裕・新保一成・野村浩二ほか)

  1. 生産性の国際比較

    日米の産業別生産性比較と競争力のプロジェクトは、米国ハーバード大学のジョルゲンソン教授との共同研究プロジェクトである。一昨年までの成果として、1960-1992年についての比較研究の成果をまもなくMIT University Pressから出版の予定である。この研究の拡張として、日米欧およびアジア諸国における生産性国際比較のプロジェクトがスタートし、今年から研究交流が進行中である。米国は、従来からのハーバード大学の研究者に加えて、米国の研究所Conference Board のメンバーが参加する。また、欧州については、オランダのグローニンゲン大学の研究者をはじめ、フランス、イギリス、イタリアなどの研究者が参加する。このプロジェクトをKLEM Projectと名づけている。生産性の国際比較については、国間の相対価格体系の差異をどのように捉えるかが大きな問題であり、継続的におこなってきた日米比較研究を活かすことができると考えている。

    (メンバー:黒田昌裕・中島隆信・新保一成・野村浩二ほか)

  1. 情報技術革新と生産性効果

    情報技術革新の進展には目覚しいものがあり、それによる経済成長のシフトが期待されている。企業レベルでの情報関連の投資が、企業の組織改革を通じて、生産性の向上に与える影響を「企業活動基本調査」の個票パネルデータを用いて分析することを計画している。

    (メンバー:黒田昌裕・河井啓希・砂田 充ほか)

  1. KEOデータベースの更新拡張

    各種研究プロジェクトにおいて、われわれは分析のための基礎資料を提供するデータベースKDB(KEO Data Base)を構築してきている。現行までの資料は1992年までを正式な推計期間とし、1995年まで部分的に簡易延長推計をおこなったものであった。今年度の更新は単なる計測期間の延長ではなく、生産性研究、多部門一般均衡モデルなど研究プロジェクトの経験を通じて見出された問題点への対応を可能にするようなデータベースシステムの再構築を考えている(特にエネルギー関連部門の拡張、人口ブロックの接合など視野に入れている)。現在その再構築に向けて計測フレームワークの策定を急いでおり、今年度および来年度にかけて大規模な拡張をおこなう予定である。

    (メンバー:黒田昌裕・新保一成・野村浩二ほか)


「労働市場理論」に関する研究プロジェクト

小尾、宮内(1998)に示された賃金較差モデルは労働の供給主体、需要主体

の行動方程式の連立体系によって構成されているが、このモデルを

Qualitative Choice Analysisの手法を用いて具体化することが可能である。

この手法に関しては、すでに多くの統計学的知見が集積されているが、この

方法を当該モデルに適用することにより、分配を記述する労働市場のモデル

の具体化と検証を、より一般的に体系において確認し、分配較差発生の発生

と変動の機構が明らかとなることが期待される。(宮内)

高等教育市場における人的資源配分機能に関する研究を継続する。特に、

競争的環境での私立大学の価格の決定を均衡モデルに従って分析を行う。

(赤林)


「統計的方法」に関する研究プロジェクト

統計的方法の体系は、実体的諸科学の領域の実証的な研究において遭遇す

る、分析上の困難を解決する手段として開発されてきた。このプロジェクト

においても、分析のための具体的理論模型の計測において生ずる統計的問題

の解決策を、一般的な統計方法論としてまとめていくことを目標としている。


「投入−産出分析」に関する研究プロジェクト

  1. 国際産業連関プロジェクト

    産業研究所の国際産業連関プロジェクトは、従来の一国産業連関モデルで

    は記述することができない経済関係を、レオンティエフ・モデルを基礎とし

    ながら二国あるいは複数の国を対象とした国際産業連関表の作成を通して記

    述すべく、一連の推計・分析作業を進めてきた。その最初の試みは、通産省

    調査統計部およびアジア経済研究所(現日本貿易振興会アジア経済研究所)

    統計調査部との共同研究として推計した1985年日米国際産業連関表であった。

    その後、EUの主要国であるドイツ・イギリス・フランスを含めた日・米・

    欧(3極)国際産業連関表の推計を試み、さらには、アジア経済研究所で推

    計されたASEAN諸国の産業連関表を連結した日・米・欧・アジアからな

    る「世界産業連関表」の推計に参画してきた。最近では、1985年と1990年の

    2時点にわたる日米接続国際産業連関表および世界産業連関表の推計とそれ

    に基づく分析を進めている。

    特に、本研究所のプロジェクトでは、多国連結産業連関モデルの分析モデ

    ルの分析理論の研究に重点をおき、従来の貿易理論では取扱われてこなかっ

    た中間財貿易に関する理論的考察を進めてきた。それらの研究成果は、昭和61

    年(1986年)以来毎年の調査報告書として取りまとめられている。

    また、1997年から本産業研究所を拠点とする日本学術振興会の「未来開拓

    学術推進プロジェクト−アジア地域における経済および環境の相互依存と環

    境保全に関する学際的研究−」においても、環境分析用国際産業連関表の推

    計を担当し、中国・韓国・タイ・シンガポール・インドネシア・フィリピン・

    台湾との共同研究を推進している。日本を含めたアジア9ヶ国の1990年環境分


析用産業連関表を昨年度にほぼ完成し、今年度は1995年のそれの完成を目指

し、それらの連結を計画している。周知のように、環境問題を産業連関分析

と結び付ける試みは、1970年代の初期にレオンティエフ自身によって提示さ

れた産業連関分析手法に基づく「公害分析モデル」に端を発している。本研

究所国際産業連関プロジェクトは、さらに国際産業連関表と結び付けて、広

域経済圏における経済と環境の相互依存関係を分析するためのモデル構築を

目指している。

  1. 地域産業連関表プロジェクト

    地域産業連関プロジェクトとして二つの研究テーマを実施する。

1東京都産業連関分析

本年度から開始される2000年東京都産業連関表の理論的諸概念を過去に作

成されたものとの比較と新しい情報もできるだけ加味して吟味する。国際化、

サ−ビス化に伴う情報が充分把握されるようにするには、部門設定を含めて表

形式をどのようにすればよいかが課題である。開発した大規模な産業連関表作

成用のソフトや、産業連関モデル分析用のソフトの改良も必要である。

東京都・その他地域からなる2地域産業連関表をベ−スにして、都民所得

統計、国民所得統計を連結し、東京都・その他地域のSAM(社会会計マト

リックス)も構築している。作成されたSAMを用いて、大規模な応用一般

均衡モデル構築(A.G.E.Model)の理論的可能性を検討している。

2群馬県産業連関分析

比較的小規模な地域連関分析として群馬県をとりあげる。本年度から開始さ

れる2000年群馬県産業連関表の地域特性把握のための部門設定、国の産業連関

表概念との整合性、サ−ビスの移出・移入などの地域内表作成のための理論概

念の検討をおこなう。開発したソフトを用いて群馬県の地域産業連関表モデル


を作成し、地域の構造的特性を分析するとともに、各種の政策シミュレーショ

ンをおこなう。

  1. 中国産業連関プロジェクト

    中国は、90年代に入ってから,従来特に80年代「沿海」地域開発を先行させ

    る地域経済発展政策を見直し、「沿海」「沿江」「沿境」という全方位対外開放、

    および沿海から内陸への発展の波及を押し進める政策をとっている。「龍の

    頭」と言われる上海経済を含む長江流域の高度経済成長の背景には、この地

    域の構造変化と中国国内やアジア地域・世界経済とのリンケージによって発

    展している。一般的な中国国内の地理的経済区の地域区分は、

    1. 長江流域(九省一市(上海))
    2. 東北三省
    3. 西南五省
    4. 珠江デルタ(広東・海南)
    5. 環勃海地区(山東・天津・北京など)
    6. 中原地区(河北・山西など)
    7. 西北地区(甘粛・宇夏など)

    であるが、中国経済の成長と各「地域」経済の相互依存関係を研究するため

    に、中国経済の時系列資料の整備とあわせて中国地域別資料もあわせて整備

    する。特に地域的変化の代表例として、上海を含む長江流域の経済発展に関

    する研究もおこなう。いままでは、環境保全の視点から上海における鉄鋼業、

    特に上海宝山製鉄所の分析をおこなってきたが、1987年と1992年の中国産業

    連関表を上海とその他に分割し、海外との三地域モデルに拡張して分析を進

    めている。


「国際貿易・直接投資」に関する研究プロジェクト

1企業活動の国際化と企業組織

引き続き、マイクロ・データを用いた実証研究などを計画している。

2サービス貿易と直接投資

引き続き、佐々波楊子・浦田秀次郎著『サービス貿易』、東洋経済新報社

の大幅改訂のための研究・作業を進める。

また、サービス貿易に関するさらなる詳細な実証・政策研究も並行して

行う。

3新しい国際通商政策の研究

WTOの交渉枠組み、地域主義とWTOの関係などについて、理論・政策

研究を行う。


「環境」に関する研究プロジェクト

当環境プロジェクトは、日本学術振興会未来開拓事業「アジア地域の環境保

全」の支援をうけ、産業連関プロジェクト・経済モデルプロジェクトとの関連

を強め、拡大発展してきている。その中で今年度は、以下の研究にたずさわる。

  1. ITSのシミュレーション

    次世代交通システムであるITSにより、自動車の運行、装備・設備など

    の改善によるCO2 収支を計算する。

  1. SPSの環境負荷に関する分析

    21世紀の世界経済を考える上で環境負荷の少ない電力供給がかなめである

    と考えられる。SPS(Solar Power Satellite)構想とは宇宙空間に太陽電池をは

    りめぐらし、地上に電力を送るという未来の電力供給構想のひとつである。

    太陽電池、打ち上げの燃料、衛星、ロケットの製造からどれだけエネルギー、

    環境負荷がかかるのかを計算する。今年度はNASAの新計画に対応した

    分析を行う。

  1. 中国への技術導入の評価と効果

    日本の技術導入例を参考にしながら、中国での環境改善の効果を検討する。

  1. カナダの環境分析用連関表の分析

    ひきつづきカナダの環境分析用産業連関表(1985年と1995年版)を入手

    し、それを用いて日・加の貿易波及とそれによる各国の環境負荷の分析を継続

    して行う。この研究はブリティシュ・コロンビア大学中村研究室との共同研究

    である。

  1. 家計のライフスタイルと環境・エネルギー負荷の研究

    家計からどれだけの環境・エネルギー負荷が与えられているのかを1995

    年環境分析用産業連関表を用いて計算する。

  1. 1995年環境分析用産業連関表の基本シナリオの検討

    新たに推定した1995年表を用いて過去との比較、鉄くずリサイクル・

    ペットボトルリサイクルなどのシナリオを分析する。

  1. 中国環境経済モデルの作成

    当研究所で作成してきたKEOモデルの基本的考え方にそくし、中国の多

    部門環境経済モデルを作成し、環境シミュレーションを行う。

  1. グローバルモデルの共同研究

    英国ケンブリッジ大学応用経済学部のBarker研究室との共同で、EUモデ

    ルに日本・中国・アジア諸国をリンクして地球環境エネルギー資源問題を分析

    する。


「不確実性下の経済行動」に関する研究プロジェクト

このプロジェクトの中心的課題は、将来に関する不確実性の下で経済主体達

が限られた情報からどのように予想を形成し、リスクをどのように評価し、そ


の取引行動の結果市場価格がどのように定まっていくかを明らかにすることに

ある。市場で成立する価格を高い自律度を持って説明するためには、生産の技

術的条件と家計の選好関数の把握だけでは十分ではなく、市場そのものへ立ち

入った分析が必要である。不確実性の支配する従来の主要な理論では、市場参

加者がすべて同一の価格予想を持つと仮定され、代表的な個体の行動の説明に

だけ焦点が当てられてきた。そこでは,各自の情報と解釈により相異なる予想

を持つ参加者が他の参加者との取引の過程で新たな情報を獲得して自分の予想

を変更し、その結果市場で成立する価格も絶えず変わっていくというダイナ

ミックな過程を分析しうる余地がなかった。そこでこのプロジェクトでは、財・

金融・証券・労働など不確実性が支配する市場一般を分析対象として、既存の

理論にとらわれず実証的に明らかにしていく。

今年度の計画としては、昨年度に引き続き先物・オプションなどの投機的市

場における価格形成の問題を中心テーマとするが、分析の枠組みをグローバー

ル化する。具体的には、

  1. 商品先物市場における日米間の裁定関係の分析
  2. 為替レートの決定モデルの構築と測定

を計画している。

また2000年度の株式市場は、年初の予想に反して、暴落の年となり、株式

市場が実体経済に及ぼす影響が甚大であることがあらためて証明された。さら

に、他社転換債(exchangeable bond)に関連した人為的な相場形成(不当な売り

崩し)が社会的な問題になったことから、以下の内容も計画している。

  1. 株価決定モデルの構築と測定
  2. 相場操縦モデルの構築




「資金循環分析」に関する研究プロジェクト

本プロジェクトでは産業連関分析などと比較して共通の分析手法の未整備が

目立つ、資金循環分析の基礎的な分析手法の開発をおこなっている。それと同

時に、分析目的の統計資料としての資金循環表の整備をはかるため、東洋経済

新報社の協力を得て、有価証券報告書など個別経済主体の財務諸表からの積算

により、独自にこれを構築するシステムの開発を進めている。この新方式の資

金循環表は2001年度(平成13年度)中には完成し、別途作成中の資金需給統計

などの周辺資料や関連の法令集とともに、金融統合データベースの一部として

公表予定である。


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