日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業

 

―― 未来開拓プロジェクト ――

 

「アジア地域における経済および環境の相互依存と

環境保全に関する学際的研究」

 

1. 研究の主旨

この研究の目的は、アジアにおける経済発展と環境保全の両立をめざして、省エネ、環境保全の技術がアジア諸国の実経済社会に定着する可能性を明らかにすることにある。アジアの経済サイズは、我が国の1人当たりGDP3〜4万ドルから、発展途上国の5〜6百ドルまで大きく分布している。その中で中国を代表とする途上国では、エネルギー効率の悪さ、環境保全対策のおくれが目立っている。したがって、我が国の既存技術が途上国に導入されれば、それだけでも相当の効果がある。既存技術とりわけ脱硫、省エネ技術の途上国への定着とその経済効果を分析するのが第1の目的であり、我々は、前半の3年間で、図1のフロー図に示す研究成果をあげることにしている。

 

 

図1 先進国技術導入のSOx低減効果と経済評価(前半3年で完成)

 

しかし、環境に関する京都会議やブエノスアイレス会議等の場でもみられるように先進国自体も21世紀の持続的発展への展望は暗く、化石エネルギーやCO2の削減はほど遠い現状である。したがって、先進国の技術移転だけではアジアの持続的発展はとうてい達成できない。そのため、未来技術として考えられているものをあらい出し、それぞれの省エネ、CO2 削減等につき、LCA的評価と、実経済社会への定着性を経済モデルで分析したい。これがこの研究の第2の目的であり、図2に示す研究成果を5年間で完成させる。

 

 

図2 未来技術のCO低減効果と経済評価(5年間)

未来技術について工学系研究者がいかにインテンシブに研究し、エコロジカルにすぐれた技術研究を出しても、それがエコノミカルでなければ実社会に定着しない。また、実社会に定着させるためには環境税、補助金、国際協調の共同実施(JI)など社会の枠組を変える必要もあろう。そのため、図3に示すように、工学系研究者と経済学系研究者のみならず、農学、政治学、疫学の研究者が加わり、情報のギャップをうめつつ、持続的発展という共通目的を遂行することが研究の主旨である。

研究組織図

2. 問題の所在と中間成果の概要

2.1はじめに

古くからいわゆる公害問題は、事件の深刻さに反し加害者と被害者が比較的はっきりとわかり、それの対処する立場も明確であった。それは、「排出をしない、どうしようもない時は安全な物にかえて排出する」という原則で人々の合意が得やすかったといえる。つまり毒は量的規制によって対処するという考え方がつらぬけるわけである。しかし、国境を越えた酸性雨や温暖化ガスなどの現代の地球環境問題では話が変わってくる。なにしろすべての人々国々が加害者であり同時に被害者であるから、根本的な解決は我々の生活、経済活動をストップしなければらないということになりかねない。また、被害が明確でなく人々の実感にわかないことからダラダラと対処を遅らせる。現代の地球環境問題はその結果、人々、国々の間で総論賛成、各論反対の泥沼に陥りやすいといえよう。

しかし、この厄介な地球環境問題も京都会議ブエノスアイレス会議を経て、またIPCCの場でどのように対処すべきかは少なくとも理論上はっきりして来たと思える。例えば一番厄介なCO2問題を考えてみよう。化石燃料消費を主とする年間総排出量は世界全体でCO2換算250億トン程度で増加の一途をたどり、このままでは地球規模での気象変化をおこしかねないとされている。かといって個々の生産者や消費者に量的規制を守らせるすべはとうてい考えられない。やはり経済の市場機構を通じて人々の選択幅を容認する介入が順当であろう。つまり、排出量に応じて負担し、吸収量に応じてその負担額を受け取る。世界全体では排出量が多いわけだからその財源で省エネ投資や育林などによる吸収活動を行っていく。このような考え方が人々に受け入れやすいと思える。このような趣旨にかなっているならば、環境税であっても、排出権取引であってもよいだろう。また、京都で行われた政府間の会議では世界の各国が目標に合意し、何等かの方法で自国内でそれを達成させる。例えば欧州8%、米国7%、日本6%削減というように。その際にはいわゆる柔軟性措置を講じる。ある国では目標達成が不能な場合があるかもしれないので排出権の売買は可能になる。また、ある国では吸収活動がなかなか難しいとするならば他国でそれを行えばよい。つまり双国で共同実施が行われる。特に途上国の参加をしやすくするという意味でのCDM等の案が考えられている。このような方策は量的規制から比べると合意が得やすいといえる。そういう意味での制度枠組の考え方は出揃ったように我々は思うのである。

あとは人類全体で、また、途上国を含めた政府間でどう合意するか、つまり人々が公平な負担でもって約束する。その約束が正しく守られるかどうかチェックし違反者に何らかの制裁を加える。いいかえれば地球環境に対するコモンウェルスの擁立が課題となろう。我々の考えでは地球環境問題は、少なくとも観念論的にはもはや解かれた課題であるが、いざ、それを地球規模で実施するには途上国を含めて世界全体がどう合意する、というところに課題が移って来ていると思える。

しかし地球環境のコモンスウェルスと大上段にかまえても、世界連邦が一足とびに出来るわけでもない。やはり、もっと地道なボトムアップ的なアプローチが必要であろう。我々の分析視野は、このような視点から途上国から先進国をかかえる東アジアを中心に持続的発展のシナリオを導き出すことにある。経済はグローバル化している。21世紀中葉の人口構成は9割が現在の途上国に住む。ということを考えると先進国だけの取り組みは無意味である。ここに途上国の参加問題が浮かび上がる。しかし途上国にとっての立場からすれば「先進国では一人当たり大変なエネルギー消費とCO2排出をしているではないか。産業革命以来先進国は延々と化石燃料を使い果たして来たのではないか。それを元に戻した後であれば、我々も参加しよう」というロジックで先進国と対抗する事になり、なかなか世界に合意がとれないのが実情である。このとき重要なのは経済発展と環境保全がトレードオフか否かが重要な鍵となる。確かに20世紀の経済発展の過程で、いかなる国での化石エネルギーの増加と、それと表裏をなしてCO2排出量が増加の一途をたどって来た事実がある。つまり20世紀の経済発展と環境保全の両立という持続的発展という考え方は大きくみればとうてい達成されなかったわけである。したがってたとえパーシャルであっても具体的事例でもって経済発展と環境保全が両立するのだということを経験的に積み重ねていくのが重要な課題となろう。これが我々の言いたいボトムアップ的研究ということになる。途上国では近年経済発展の著しい中国、インド等でも一人当たり年間所得100ドル程度の人々が数多くいる。つまり、まだまだ無制限労働供給の状況があるといってよい。言い換えればケインズ的世界がそこには存在しているのである。そこに先進国の省エネ技術や脱硫技術が導入されれば、また、単純な育林であったとしても雇用の誘発効果が存在し、乗数効果を経て経済成長と環境保全が両立し得るフェイズが多分にあると思えるのである。また、先進国においても、もし化石エネルギーに頼らない安全なエネルギーが宇宙から調達できるというようなブレークスルーの技術革新にめどが立つとするならば、そのような大型公共投資は温暖化ガスの低下と経済成長の両立を助けよう。このように考えてくると地球環境に関するボトムアップ研究は、トップダウンの制度の枠組みを実現するための重要な鍵となる。

我々はアジアの持続的発展をテーマに選んだが、このようなことを念頭においたボトムアップの研究を発展させ、具体策を語れるようにしたいと思っている。そうでなければ、アジアの人々に説得力を欠くし、トップダウン的地球環境論義も暗礁に乗り上げることは必然であろう。このような観点から、われわれのプロジェクトは開始したが、早一年あまりが経過した。その間の中間成果のあらましを以降で紹介しよう。

 

2.2 点から線へ

中国は周知のように経済発展の真っ只中酸性雨の主要因であるSOXの排出量はここ10年来1500万トンから2000万トン台に増大していると推定される。これは主として経済発展のさなか石炭の消費量が拡大したのと、脱硫設備導入にお金がまわらなかったことにある。かといって今後石炭から石油へ、天然ガスへ、急激なシフトが行われるとするならば世界のオイル市場はパニックに陥りかねない。近年、中国は石油純輸入国に転じたが、中国側からの見地からも豊富な石炭をどうのようにうまく利用するかが期待されている。しかし、技術援助等で高級な脱硫装置をテスト的に導入しようとしているものの、コストと新たな電力消費がかさむ事からなかなか効果が上がってこない状況である。そこで我々は東北の中心地瀋陽市と、四川省の成都市にきわめて簡易的な脱硫技術であるバイオ・ブリケット装置を設置した。バイオ・ブリケットとは、石炭の粉と木屑、籾殻やトウモロコシの茎などバイオマスを混ぜ、そこに脱硫剤としての石灰を混合させ、日本のブリケット技術によって、いわゆる豆炭を作るようなものである。屑の石炭、あまったバイオマスは中国でも豊富でもありバイオマスを燃やすという事で、石炭生焚きと比べるとCO2削減にも寄与する。脱硫効果は5〜6割と低いが、なにしろ安上がりという事で注目されているものである。瀋陽市のケースを例に挙げると、1998年1月に未来開拓プロジェクトと瀋陽市環境保護局はバイオブリケット製造装置に関する合意書を締結し、3月に瀋陽市地域での石炭、バイオマスなどの資源調査を始め、石炭試料を用いてバイオブリケットへの使用性などを検討した。そのデータを参考にして、製造装置の仕様を設定して、6月に製造装置を瀋陽市環境保護局環境科学研究所に設置し、運転技術の習得などの技術移転を行い、8月には中国側で制作したバイオマス破砕装置、乾燥装置等を設置完了した。撫順瀝青炭などの5種類の石炭を選択してバイオブリケットの原料とし、木屑、トウモロコシ茎をバイオマスとして用い、脱硫剤として石灰石を用いたバイオブリケット4種類を試作した。石灰石を熱分解して生石灰にせずにそのまま用いたこと、石炭に含まれる硫黄分が0.5〜1.6%と低いこと、原料炭の灰分が平均30%程度と多いことなどの理由で、またバイオブリケットの燃焼実験を本命とするストーカー炉ではなく小型の石炭燃焼ストーブを行ったなどの理由で、脱硫率は50〜70%と十分高いとは言えなかったが、試運転、試燃焼としてはまずまずの結果を得た。この9月のテスト運転は、中国の人々にも評価は上々で、なにしろ煙はほとんどでない、その排ガスの匂いも格段に改善されているということから測定以前に一般の人からも評価を得ている。もちろん研究者側としては、ふっ素分や重金属分を含んだ石炭をどう除去するか、また、残留農薬を含んだバイオマスを使わないようにするにはどうすればよいか、問題は山積みであるが現にそのような石炭が生焚きされていることからみれば大変な改善である。あとは現場の環境保護局等から、このバイオ・ブリケットを早く普及させたい、そのために日本の技術導入を含めて企業化に大変積極的であったには驚かされた。このブリケット実験機は今のところ、中国内陸部に設置された単なる点に過ぎないが、それを線に広げようとする動きは広がりつつある。この未来開拓プロジェクトに3年先行している脱硫石膏を用いたアルカリ・塩類土壌改良実験では、土に対してわずか1%の石膏を添加すると著しい土壌改良効果が認められている。したがって、バイオブリケットの原料炭に硫黄分が多く、灰分の少ない石炭を選び、かつストーカー炉で燃焼するか、家庭用の釜戸で使う場合には石灰石の代わりに生石灰を脱硫剤に用いるなどに留意すれば、バイオブリケットの灰中の石膏含有量が20%程度となり、アルカリ・塩類土壌改良効果を持つようになると期待できることも判った。これを用いると、中国の満州からモンゴルに広がるアルカリ塩類集積土壌地の土壌改良にも役立つ。このアルカリ塩類集積土壌化はモンゴル、内モンゴル自治区、東北地方の砂漠化現象と不可分ではなく、近年拡大化の傾向にある。我々は今年度、遼寧省の康平県で砂防実験林計画をたてている。さらにバイオ・ブリケット灰を用いた、塩類集積土壌のトウモロコシ畑の改良を継続する。康平県は内モンゴル自治区のカルチン砂漠に隣接し砂漠からの砂の流入や、塩類集積土壌地の拡大が現地の農民を悩ましている状況であるからである。今年度の計画としては砂金台付近にとりあえず5〜6km、横50mの砂防実験林を瀋陽市林業局と合作で計画中である。

 

2.3 線から面へ

このようなささやかな脱硫バイオ・ブリケット実験機が企業化され、中国全土に広がればどうなるだろう。また、それはとうてい我々の予算ではできないことであるが、乾式、湿式脱硫装置が石炭火力発電所や鉄鋼所、化学プラントなどに広まればどうなるであろう。また、土壌改良によって1人当たり100ドル程度の農民はどのように潤うことができるのであろうかなどについては計量モデルを作ってシミュレーション分析を行うことを考えている。中国モデル、アジアモデルの基礎となるデータ・ベースは別途作成中であり、アジアのSOx問題改善の方策についての第一次提言は来年度までに提出したいと考えている。このプロジェクトは5年間継続する予定であるが、残りの2年間は特にアジアのエネルギー、温暖化に研究の焦点をあてている。SOx問題に関しては日本では昭和40年代からの経験で、年間300万トンを今や100万トン位に封じ込めることに成功してきた。しかし、化石エネルギー問題、CO2問題となるとまったく

暗中模索の状態といえよう。別途我々は未来技術に関するエネルギーペイバックとCO2LCA計算というサブ・プロジェクトを作り研究を開始してきている。微粉炭火力のフライアッシュをセメントに利用したらどうか、けっこう有り余っている低温余熱を利用する方法はないか、電気自動車のLCA評価はどうか、など比較的現実性を帯びた技術の評価から、太陽宇宙発電衛星のような超未来技術のCO2削減効果も計算してきている。そのような案を実経済社会に定着させるためにはどのような策が必要か。また、そのようなものが経済に定着した時、どのような効果をもたらすかを分析したいと考えている。

未来開拓プロジェクト組織図