経 済 部 門

 

T.市場理論」に関する実証研究プロジェクト

A)市場メカニズムと地球温暖化対策

過去数年にわたる継続プロジェクトである。地球温暖化ガス対策の一つとして、削減費用の内部化手段としての炭素税や排出権取り引き、共同実施プログラムやクリーンデベロッププログラムなどの政策手段の採用が取り上げられている。こうした市場への内部化の施策が経済構造にどのような影響を与え、それが経済効率性、効果性、経済的分配にいかなる影響を及ぼすかを定量的に把握することが重要となっている。われわれのプロジェクトでは、日本経済について一般均衡型多部門計量経済モデルを構築することによって、経済成長と環境保全の両立の可能性を探っている。一般均衡模型は二つの体系の可能性を考えている。一つは新古典派経済理論に基づく動学的一般均衡模型であり、もう一つは、いくつかの市場において構造的硬直性を考えた経済の一般的相互依存の模型である。前者は、米国ハーバード大学ジョルゲンソン教授との共同研究として、また後者は日本開発銀行設備投資研究所地球温暖化センターとの共同研究として実行されている。昨年は、一昨年のCOP3での京都議定書の成果をうけて、我が国の長期エネルギー見通しの作成が資源エネルギー庁総合エネルギー調査会で策定された。われわれのモデルは、その計画の策定に際しての数量的見通しの作成に参画して、各種の政策シナリオの作成に携わった。今年はあらたに、日本学術振興会未来開拓推進事業の一環として、アジア地域の環境保全と経済発展の共生の可能性について、アジア地域全体をカバーする一般均衡モデルの作成を行う予定である。

(メンバー:黒田昌裕・新保一成・野村浩二・大津 武)

B)生産性の国際比較プロジェクト

日米の産業別生産性比較プロジェクトは、米国ハーバード大学ジョルゲンソン教授との共同研究プロジェクトとして、1980年より継続している。両国について産業43部門に拡大して、1960年から1995年までの比較が可能となった。昨年開始した通産省産業構造課、米州課の研究プロジェクトとして、2年間の日米生産性の比較研究の成果が完成した。しかし、日米産業の相対比価の作成など見直しを行う必要があり、今年度の一つの課題となっている。さらに、今年度は、従来の日米共同研究を拡大して、フランス、オランダ、イギリス、カナダ、イタリアなどとの国際比較を企画している。

(メンバー:黒田昌裕・中島隆信・新保一成・野村浩二)

C)Dynamic Unit TPF の測定と資本形成の発展論的評価

昨年、発足した“Conceptualization Problem”の研究会は、近年の情報化技術などの進展が、生産性に与える影響を評価しようとしたものである。そこでは昨今の生産性の動向と情報関連技術の進展との関係、およびそれが金融政策に与えるインパクトという課題を扱っており、情報化技術の進展に伴った固定資本マトリックに、構造変化が産業各部門の生産性に与える影響、および近年の情報化技術の導入による、金融機関の生産性変化について研究が進められている。昨年の成果は、日本銀行のコンファレンスで報告したが、今年は、それをさらに進めて、Dynamic Unit TFP の概念を用いて、経済発展過程における資本蓄積の意味を研究することを計画している。日米の固定資本マトリックスによる日米比較も課題である。

(メンバー:黒田昌裕・野村浩二)

D)社会資本の生産能力効果の分析

社会資本の需要誘発側面のみではなく、それが各種産業部門の生産力向上にあたえる影響にも注目して、財政再建は問題となっている状況のなかでの、資源配分について定量的に分析しようというプロジェクトである。社会資本ストックの時系列推計にもとづき、社会資本の形成の意味を、市場に関わる国家の役割の観点から考察することを目的としている。

(メンバー:黒田昌裕・野村浩二)

E)Intelligent Transportation System(ITS)の経済効果

将来の運輸交通システムの姿の一つとして、ITS導入が問題となっている。その社会資本としての経済効果を評価することがこの研究プロジェクトの課題である。この研究は建設省土木研究所との共同研究として実施されている。研究プロジェクトは、われわれ以外に塾理工学部川嶋教授、商学部中条教授、産業研究所吉岡教授らの関連プロジェクトと連携して進められている。われわれのプロジェクトでは、ITS導入の経済効果を需要、供給の両面からとらえ、一般均衡モデルによる政策シュミレーションの形で評価することを試みている。今年は2015年までのITS導入の実施パッケッジの展開にあわせて、各フェーズでの経済的効果をモデル分析によって評価することを目的としている。

(メンバー:黒田昌裕・野村浩二)

F)KEOデータベースの作成

文部省私学助成情報データベース作成費の補助により、KEOデータベースの作成をすすめている。すでに、1960年〜1992年の産業43部門分類での時系列産業連関表の推計、資本投入量、労働投入量、および各種産出・投入デフレーターの推計は終了しており、データ検索システムおよびデータメインテナンスシステムの構築にかかっている。昨年来進めてきた国際産業連関表の作成が、1990年についてほぼ終了し、貿易マトリックスの作成、直接投資マトリックの作成に取りかかっている。(メンバー:黒田昌裕・新井益洋・

新保一成・木地孝之・河井啓希・野村浩二・立野伸行)

U.「労働市場理論」に関する研究プロジェクト

1. 「ホワイトカラーの生産性」の計測をより厳密なデータセットによって行

う。

2. 「銀行の全要素生産性」の計測をまとめ、論文として完成させる。

3. 「保険サービスの生産性」の研究を論文の形にとりまとめる。

4. 「資格の経済学」をテーマとする研究を行う。

5. これまでに行った生産性に関する研究を書物としてまとめる。

6. 従来より進めてきた労働市場モデルへの、Qualitative Choice Analysis

における理論構成および測定方法の適用をおこなう。

従来より進めてきた、労働市場における賃金格差を叙述する順位均衡モ

デルおよび家計の労働供給のモデルは、いずれもそのモデルの具体化の過

程において、構造方程式の測定上の困難をともなっていた。これらは非連

続的な質的内生変数のモデルであるので、これらのモデルと、Logit

Analysis, Probit Analysis に代表されるQualitative Choice Analysis と

の間の、理論構成および統計学的側面における関係について整理を行う。

さらにモデルの解析的、統計学的特性が、Qualitative Choice Analysis

との関係においてより一般的に明らかにされるように、家計労働供給モデ

ルを再構成したい。家計労働供給の確率的モデルを、他の質的選択モデル

との関係が明示されるように再構成し、Qualitative Choice Analysisの

諸研究において開発された測定方法を適用し、モデルの統計学的特性が明

らかにされることが期待される。

 

V.「統計的方法」に関する研究プロジェクト

統計的方法の体系は、実体的諸科学の領域の実証的な研究において遭遇する、分析上の困難を解決する手段として開発されてきた。このプロジェクトにおいても、分析のための具体的理論模型の計測において生ずる統計的問題の解決策を、一般的な統計方法論としてまとめていくことを目標としている。

各自、仕掛け品はいくつか持っているが、本年度に完成するかどうかは不確定である。したがって各自の研究成果は、平成11年度研究成果に報告されるであろう。

 

W.「投入−産出分析」に関する研究プロジェクト

1.国際産業連関プロジェクト

  産業研究所の国際産業連関プロジェクトは、従来の一国産業連関モデルで

は記述することができない経済関係を、レオンティエフ・モデルを基礎とし

ながら二国あるいは複数の国を対象とした国際産業連関表の作成を通して記

述すべく、一連の推計・分析作業を進めてきた。その最初の試みは、通産省

調査統計部およびアジア経済研究所(現日本貿易振興会アジア経済研究所)

統計調査部との共同研究として推計した1985年日米国際産業連関表であった。

その後、EUの主要国であるドイツ・イギリス・フランスを含めた日・米・

欧(3極)国際産業連関表の推計を試み、さらには、アジア経済研究所で推

計されたASEAN諸国の産業連関表を連結した日・米・欧・アジアからな

る「世界産業連関表」の推計に参画してきた。最近では、1985年と1990年の

2時点にわたる日米接続国際産業連関表および世界産業連関表の推計とそれ

に基づく分析を進めている。

  特に、本研究所のプロジェクトでは、多国連結産業連関モデルの分析モデ

ルの分析理論の研究に重点をおき、従来の貿易理論では取扱われてこなかっ

た中間財貿易に関する理論的考察を進めてきた。それらの研究成果は、昭和61

年(1986年)以来毎年の調査報告書として取りまとめられている。

  また、1997年から本産業研究所を拠点とする日本学術振興会の「未来開拓

学術推進プロジェクト−アジア地域における経済および環境の相互依存と環

境保全に関する学際的研究−」においても、環境分析用国際産業連関表の推

計を担当し、中国・韓国・タイ・シンガポール・インドネシア・フィリピン・

台湾との共同研究を推進している。日本を含めたアジア9ヶ国の1990年環境分

析用産業連関表を昨年度にほぼ完成し、今年度は1995年のそれの完成を目指

し、それらの連結を計画している。周知のように、環境問題を産業連関分析

と結び付ける試みは、1970年代の初期にレオンティエフ自身によって提示さ

れた産業連関分析手法に基づく「公害分析モデル」に端を発している。本研

究所国際産業連関プロジェクトは、さらに国際産業連関表と結び付けて、広

域経済圏における経済と環境の相互依存関係を分析するためのモデル構築を

目指している。

2.地域産業連関表プロジェクト

  地域産業連関プロジェクトとして二つの研究テーマを実施する。

@東京都産業連関分析

 現在作成中の1995年東京都産業連関表の理論的諸概念を昨年に引き続き吟

味する。国際化、サ−ビス化に伴う情報が充分把握されるようにするには、

部門設定を含めて表形式をどのようにすればよいかが課題である。開発した

大規模な産業連関表作成用のソフトや、産業連関モデル分析用のソフトの改

良も必要である。

  東京都・その他地域からなる2地域産業連関表をベ−スにして、都民所得

統計、国民所得統計を連結し、東京都・その他地域のSAM(社会会計マト

リックス)を構築している。作成されたSAMを用いて、大規模な応用一般

均衡モデル構築(A.G.E.Model)の理論的可能性を検討している。

A群馬県産業連関分析

 比較的小規模な地域連関分析として群馬県をとりあげる。現在作成中の1995

年群馬県産業連関表の地域特性把握のための部門設定、国の産業連関表概念

との整合性、サ−ビスの移出・移入などの地域内表作成のための理論概念の

検討をおこなう。開発したソフトを用いて群馬県の地域産業連関表モデルを

作成し、地域の構造的特性を分析するとともに、各種の政策シミュレーショ

ンをおこなう。

3.中国産業連関プロジェクト

中国は、90年代に入ってから,従来特に80年代「沿海」地域開発を先行させ

る地域経済発展政策を見直し、「沿海」「沿江」「沿境」という全方位対外開放、

および沿海から内陸への発展の波及を押し進める政策をとっている。「龍の

頭」と言われる上海経済を含む長江流域の高度経済成長の背景には、この地

域の構造変化と中国国内やアジア地域・世界経済とのリンケージによって発

展している。一般的な中国国内の地理的経済区の地域区分は、

1)長江流域(九省一市(上海))

2)東北三省

3)西南五省

4)珠江デルタ(広東・海南)

5)環勃海地区(山東・天津・北京など)

6)中原地区(河北・山西など)

7)西北地区(甘粛・宇夏など)

であるが、中国経済の成長と各「地域」経済の相互依存関係を研究するため

に、中国経済の時系列資料の整備とあわせて中国地域別資料もあわせて整備

する。特に地域的変化の代表例として、上海を含む長江流域の経済発展に関

する研究もおこなう。いままでは、環境保全の視点から上海における鉄鋼業、

特に上海宝山製鉄所の分析をおこなってきたが、1987年と1992年の中国産業

連関表を上海とその他に分割し、海外との三地域モデルに拡張して分析を

おこなう予定である。

 

X.「国際貿易・直接投資」に関する研究プロジェクト

@企業活動の国際化と地域主義

昨年度に引き続き、文部省科学研究費の助成を得て、現地調査を行う。対

象国は中国(上海、蘇州、深せん、香港)を予定している。

その他、マイクロ・データを用いた実証研究などを計画している。

Aサービス貿易と直接投資

  引き続き、佐々波楊子・浦田秀次郎著『サービス貿易』、東洋経済新報社

の大幅改訂のための研究・作業を進める。

B新しい国際通商政策の研究

  WTO新ラウンドの開始の時期にあたる今年度は、新たな国際通商政策構

築に関連する理論・政策研究にも力を入れる。

 

Y.「環境」に関する研究プロジェクト

当環境プロジェクトは、日本学術振興会未来開拓事業「アジア地域の環境保

全」の支援をうけ、産業連関プロジェクト・経済モデルプロジェクトとの関連

を強め、拡大発展してきている。その中で今年度は、以下の研究にたずさわる。

1. ITSのシミュレーション

次世代交通システムであるITSにより、自動車の運行、装備・設備など

の改善によるCO2 収支を計算する。

2. SPSの環境負荷に関する分析

21世紀の世界経済を考える上で環境負荷の少ない電力供給がかなめであ

ると考えられる。SPS(Solar Power Station)構想とは宇宙空間に太陽電池を

はりめぐらし、地上に電力を送るという未来の電力供給構想のひとつである。

太陽電池、打ち上げの燃料、衛星、ロケットの製造からどれだけエネルギー、

環境負荷がかかるのかを計算する。今年度はNASAの新計画に対応した分

析を行う。

3. 農業と環境負荷

農業活動による各種の温暖化物質の発生、および吸収を分析する手法の開

 発。

4. カナダの環境分析用連関表の分析

カナダの環境分析用産業連関表を入手し、それを用いて日・加の貿易波及

とそれによる各国の環境負荷の分析を行う。この研究はブリティシュ・コロ

ンビア大学中村研究室との共同研究である。

5. 家計のライフスタイルと環境・エネルギー負荷の研究

家計からどれだけの環境・エネルギー負荷が与えられているのかを1990

年環境分析用産業連関表を用いて計算する。

6. 1995年環境分析用産業連関表の推定および基本シナリオの検討

今までに作成してきた’85年、’90年表に加え、今年度は’95年表を作成す

る。同時に、鉄くずリサイクル・ペットボトルリサイクルなどのシナリオ

ついて、東京大学工学部松橋グループとの共同開発を行う。

7. 中国環境経済モデルの作成

当研究所で作成してきたKEOモデルの基本的考え方にそくし、中国の多

部門環境経済モデルを作成し、環境シミュレーションを行う。

 

Z.「不確実性下の経済行動」に関する研究プロジェクト

このプロジェクトの中心的課題は、将来に関する不確実性の下で経済主体

達が限られた情報からどのように予想を形成し、リスクをどのように評価し、

その取引行動の結果市場価格がどのように定まっていくかを明らかにするこ

とにある。市場で成立する価格を高い自律度をもって説明するためには、生

産の技術的条件と家計の選好関数の把握だけでは十分でなく、市場そのもの

へ立ち入った分析が必要である。不確実性の支配する市場に関する従来の主

要な理論では、市場参加者がすべて同一の価格予想を持つと仮定され、代表

的な個体の行動の説明にだけ焦点が当てられてきた。そこでは、各自の情報

と解釈により相異なる予想を持つ参加者が他の参加者との取引の過程で新た

な情報を獲得して自分の予想を変更し、その結果市場で成立する価格も絶え

ず変わっていくというダイナミックな過程を分析しうる余地がなかった。そ

こでこのプロジェクトでは、財・金融・証券・労働など不確実性が支配する

市場一般を分析対象として、既存の理論にとらわれず実証的に明らかにして

いく。

今年度の研究計画としては昨年度に引き続き、先物およびオプション市場

における価格形成の問題を中心テーマとする。具体的には次を計画している。

  1. 市場のマイクロストラクチャーと市場流動性について個別取引データに

より分析する。

2. 税制がデリバティブの価格決定にどのように影響するかを検討する。

3. デリバティブが現物の価格、取引に与える影響を明らかにする。

 

[.「資金循環分析」に関する研究プロジェクト

時価会計時代における資金循環分析の基本的な分析手法を、経済学はもとよ

り、会計学、法学等学際的視点に立って検討する。塾外の研究者にも積極的な

協力を求める予定である。

(メンバー:辻村和佑・清水雅彦・石岡克俊・宮川幸三)